東海道紀行-51(水口宿から草津宿②)
石部宿への途中にある「北脇縄手の松並木」は素晴らしいものでした。「野洲川」にかかる「横田橋」を渡り、「JR三雲駅」を過ぎると、草津線路と併行して西へ向います。天井川となっている「大沙川や由良川の隧道」をくぐりながら進みます。その先の落合川を渡ると、「石部宿の東口跡」です。(「京立ち石部泊り」と言われ、京都から江戸へ向う旅人が最初に泊るのが、この「石部宿」だったそうです。)
◇北脇縄手の松並木
東海道が一直線にのびるこの辺りは、江戸時代「北脇縄手」と呼ばれた。縄手(畷)とは田の中の道のことで、東海道の整備にともない曲りくねっていた旧伊勢大路を廃し、見通しの良い道路としたことにちなむと考えられる。
江戸時代、東海道の両側は土手になり松並木があった。街道は近隣の村々に掃除場所が割り当てられ、美しさが保たれていた。旅人は松の木陰に涼を取り、旅の疲れを休めたといわれている。










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